Se connecter翌朝。
目覚ましが鳴るより早く、私は目を覚ました。 昨夜、平田さんからのメッセージに返事はしないままだった。文章を打っては消し、打っては消し……結局、何も送れずに朝になってしまった。(“少し待ってほしい”って言われたのに……。 私は、“待つ側”にすら、なれてない) 重たい気持ちを引きずったまま、出社した。 オフィスでは、いつもと同じ朝が流れていた。 コピー機の音、電話の着信音、誰かの笑い声。 でも、私だけが、違う世界にいるみたいだった。「中谷先輩、おはようございます」 背後から声をかけられ、振り向くと瑠奈。目が覚めた瞬間、朱里は「今日だ」と分かった。目覚ましが鳴る前だった。頭より先に、体が起きていた。(逃げないって、決めた日)カーテン越しの朝の光が、少しだけ眩しい。いつもより早く起きたはずなのに、時間はゆっくり流れている。キッチンでお湯を沸かす。カップにコーヒーを注ぎながら、手元がわずかに震えた。(……緊張してる)当たり前だ。昨日、ノートに書いた言葉を思い出す。好き。怖いけど、逃げない。転勤は、一緒に考えたい。一緒にいたい。たったそれだけなのに、胸の奥が重い。シャワーを浴び、髪を乾かす。服を選ぶ。気合いを入れすぎない。でも、だらしなくもしない。結局、いつもの服に落ち着いた。(これでいい)鏡の前に立つ。「……大丈夫」声に出すと、少しだけ現実になる。出勤。電車の中、スマホを見る。嵩からのメッセージは来ていない。(今日は、言葉を準備する日じゃない) (受け取る日だ)
夜。部屋の電気は落としたまま、スタンドライトだけをつけていた。静かすぎると、考えが暴走する。でも明るすぎると、逃げ道がなくなる。その中間。朱里はソファに座り、膝にノートを置いた。(……話す内容)嵩と話す日が、決まった。“場所”は決めた。次は──“中身”。ペンを走らせる。・好き・怖い・転勤・一緒にいたい・失いたくない・でも、縛りたくない全部、本音。でも全部言ったら、きっと相手が溺れる。(選ばなきゃ)一度、ノートを閉じる。好き。これは、言う。怖い。……これは?(怖いって言われて、嵩はどうするだろう)守ろうとする。背負おうとする。それは、嵩の優しさで、今まで何度も自分を逃がしてくれた場所。(でも、今回は)“怖い”は、言う。ただし、丸投げしない。ノートを開き直す。・怖い(でも逃げない)次。
翌日。仕事終わりが近づくにつれ、朱里の集中力は静かに削られていった。(……場所、か)嵩からのメッセージは、まだ頭の奥に残っている。《ちゃんと話せる場所、作ろう》“場所”と言われただけで、胸がざわつく。言葉より先に、覚悟を試されている気がした。定時。席を立つタイミングを探していると、スマホが震えた。嵩だ。《今日、少しだけ時間ある?》 《歩きながらじゃなくてもいい》朱里は一度、画面を伏せる。歩きながらは、もう限界だ。流されて、決めきれなくなる。(……ちゃんと、向き合うなら)ゆっくり打つ。《あります》 《座って話せるところがいいです》すぐに既読がつく。《わかった》 《じゃあ、駅前の喫茶店》 《静かなところ》朱里の肩から、少し力が抜けた。(選ばせてくれた)そのことが、何よりありがたい。会社を出ると、嵩が待っていた。「お疲れさま」「……お疲れさまです」並んで歩くが、今日は歩幅を合わせる意識はしなかった。急がない。
夜。嵩は帰宅しても、ジャケットを脱げずにいた。ソファに腰を下ろし、ネクタイを緩める。部屋は静かで、時計の音だけがやけに大きい。(……まだ、ちゃんとした言葉にならないけど)朱里からのメッセージは、何度も読み返した。短い。曖昧。でも──逃げていない。スマホを伏せ、天井を見上げる。(待たせてるのは、俺の方かもしれない)転勤。選択。どちらを選んでも、朱里の時間を揺らす。“ちゃんと話したい”その一文に、胸が締めつけられた。(……急がせないって言った) (でも、待つって……どういうことだ)待つ、は何もしないことじゃない。嵩は立ち上がり、キッチンへ向かう。冷蔵庫を開け、何も取らずに閉める。落ち着かない。朱里の顔が浮かぶ。怒った顔。傷ついた顔。それでも、逃げなかった昼の後ろ姿。(彼女は、立ってる)美鈴の声が、脳裏をよぎる。“朱里は待ってるんじゃない。立ってるの”──そうだ。なら、自分も
夜。 部屋の灯りはつけたままなのに、朱里はカーテンを閉めなかった。 外の光が少し入る方が、考え事には向いている気がした。 ソファに座って、スマホを手に取る。 嵩とのトーク画面。 《今日は、お疲れさまでした》 それだけのやりとりが、今日一日を象徴している。 (……言葉、ね) 瑠奈の声が、昼休みのまま胸に残っている。 “先輩は、ちゃんと気持ちを言ってくれる人が好きですよ” 否定できなかった。 それが、答えだった。 (嵩は、言ってくれる) (じゃあ私は?) スマホを置いて、膝を抱える。 好き。 一緒にいると、落ち着く。 でも、それだけじゃ足りない。 (私、何を怖がってるんだろう) 言葉にした瞬間、何かが壊れる気がしていた。 関係とか、空気とか、今の距離とか。 でも── もう壊れ始めているのは、自分の中だ。 「……逃げてる」 声に出して、やっと気づく。 待つふりをして、選ばせるふ
昼休み。社内カフェはいつもより少し騒がしかった。朱里はサラダとスープをトレイに乗せ、端の席に座る。噂は落ち着いたようで落ち着いていない。誰も直接聞いてこない代わりに、空気だけが探ってくる。(……疲れる)スプーンを動かしていると、影が落ちた。「中谷先輩、ここいいですか?」望月瑠奈だった。断る理由はない。断ったら、余計に意味がついてしまう。「どうぞ」瑠奈は向かいに座り、アイスコーヒーのストローをくるくる回す。少しだけ、いつもの勢いがない。「……最近、忙しそうですね」探る声じゃない。ただの前置き。「まあ、色々ね」 朱里は曖昧に返した。数秒の沈黙。そして、瑠奈は顔を上げた。「先輩」その声は、妙に落ち着いていた。「平田さんのこと、どう思ってます?」直球だった。朱里の手が止まる。「……どう、って」逃げ道を探す。でも、瑠奈は畳みかけなかった。代わりに、静かに言う。「私、平田さんに“好き”とは言わな







